トマト在住の青年による執筆活動

短編の小説を書いていきます。不定期・自己ベスト更新です。たまーに自分勝手な記事も書きます。

短編№2 ッカー番号二十番の神様⑧

   「よしっ!準備オッケー!!」
 「駄目、もう少し真面目に準備体操してよ。怪我したら大変なんだから。」
 「ごめんごめんっ!今日は宜しくね、千秋コーチ!」
 「・・・まあ、程々に頑張ろ。」
 いつものランニングウエアを着た松井と、放課後の校庭では浮いて見える体育着を着た泉が、ランニング前の準備体操をしている。それを少し離れた所で見ながら、橋本は石田と共に準備体操をしていた。
 「今日も自主練だってよ。」
 「うん。だと思った。」
 そうでなければ、と橋本は思う。そうでなければ、陸上部員ではない泉の参加は認められないだろう。まさかこんな形で、自主練が功を奏するとは思っても見なかったのだが。 

   「橋本ぉ。」
 「ん?」
 「なんでこんなことするんだ?」
 顔も向けずに、石田が聞いてきた。普段あれだけ干渉してこない石田が質問してくるほど、今日の部活動は不自然なものなのだろう。
 「・・・なんとなく、かな。」
 本心から橋本はポツリと言った。正直なところ、自分でもわからないのだ。ロッカーの神様なんて、別にしなくてもいいのだ。自分からお節介をしに不自然な行動をする必要なんて、しなくてもいいのだ。
 強いて理由をつけるのならば、「ノート」に書いてある通り、自分がお節介を書いた先に本当に幸せが待っているのか、少しだけ興味がある・・・、というくらいだろうか。
 「まあ、別に俺には関係ないけどよ。」
 石田はそう言ったきり、喋るのを止めた。

 

   男子部員は石田、女子部員は倉本が練習を指揮することになり、二人はそれぞれ部員を引き連れ、グラウンドの端に移動していった。それまで十数人いた部員がごっそりいなくなり、その場に残ったのは橋本と松井だけだ。
 「よしっ!じゃあ練習始めよーかっ!?」
 一気に重たくなった空気を押しのけるように、泉が大きな声を上げた。
 「・・・それじゃ、とりあえず外周走しよ。」
 「はい!松井コーチ!」
 もう一人のコーチである筈の橋本には目もくれず、松井は走り出した。それを追うようにして後ろを泉がついて行く。橋本も泉の後ろについて走り出した。
 松井が刻むペースは、いつもとは段違いに遅かった。泉に気を遣っているのがよく分かる。
 

    ・・・普段から、今みたいに気を遣ってくれたら、もう少し気軽に話せるのになあ。

 松井を追う泉は、バタバタとぎこちなく走っていて、既に息遣いが荒くなっているようだった。松井も泉の息遣いが聞こえるのか、時々後ろを振り返りながら走っている。ペースも更に遅くなった。早歩きでも追いつくのではないのかというぐらいのスピードだ。大袈裟に気を遣う松井の姿は、まるで新米の教師のようだった。
 
 普段の倍ほどの時間をかけ、三人は外周走を終えた。
 「ふー。やっぱり走ると疲れるねー!」
 やはり大袈裟な声をあげて、泉はグラウンドの横にある駐車場で腰を下ろした。
 「彩花。ペース速かった?」
 泉を気にする松井の息遣いは、走る前と殆ど変わっていない。
 「うーん、少しだけ。でもさ、きつい練習じゃないと速くならないでしょ!」
 「まあそうだけど・・・。」
 「橋本コーチもそう思うでしょ!?」
 「えっ、う、うん。そう思うよ。」
  唐突に話を振られ、橋本はあたふたした。
 「やっぱりねー。でも、頑張るよ私!体育の赤点回避のために!」
 「・・・それじゃあ、とりあえず一回タイム計ってみよっか。トラック一周でいいから。今彩花がどれくらいで走れるか計っておこうよ。」
 「分かりましたコーチ!」

 「・・・スタート!」
 松井の合図と共に、泉は走り出した。相変わらずバタバタと走りがぎこちない。これでは、良いタイムは期待できそうもない。
 「橋本。」
 隣に少し離れて立つ松井に声をかけられた。
 「なんでしょう?」
 

   「なんでこんなことするの?」
 

   こちらを見向きもせず、早口で松井は質問してきた。その口調は、石田とはまた違う、何かを探っているような気配がした。
 
 ・・・もしかして、俺の正体を知っている・・・?

 

    橋本は背中に冷や汗が流れるのを感じていた。松井は、橋本がロッカーの神様を演じていることを知っているのかもしれない。よく考えれば、泉がロッカーに手紙を入れたことを知っている可能性は、友人である松井には充分にあり得る。そして手紙の内容を知っているのなら、不自然に近づいてきた出席番号二十番の橋本を疑うのは、至極当然の事だろう。
 どうしよう。バラしてしまおうか。変なノートを拾って、そのノートに従っただけだと。不気味でノートに逆らったら呪われそうだった、とでも言えば、少しは納得してくれる筈。でも・・・
 

    「うーん、何となく、かな。」
 口から出た言葉は、真実を濁しただけだった。

 

    「ゴール!千秋ちゃん、タイムはっ!?」
 気づけば、泉がトラックを一周して帰ってきていた。
 「あっ、ごめん彩花。タイム計るの忘れてた。」
 「えー!?コーチしっかりしてよぉ。」
 「ごめん。」
 「じゃあ、橋本コーチ!私の走りはどうでしたか!?」
 またも急に話をふられ、あたふたする。けれど橋本は一つ、気になったことがあった。 「えっと、フォームがぎこちないように見えるんだよね・・・。だからまずは、ゆっくりでいいからフォームを綺麗に保ったまま走るように練習したらどうかな?」
 横から松井の視線を感じたが、橋本の提案に反対ではないようだった。
 「わかりました橋本コーチ!綺麗なフォームを習得すべく、頑張ります!」
 やたらテンションの高いまま、泉はそう宣言をした。