トマト在住の青年による執筆活動

短編の小説を書いていきます。不定期・自己ベスト更新です。たまーに自分勝手な記事も書きます。

短編№2 ロッカー番号二十番の神様⑩

   「橋本ぉ。さっさと帰るぞー。」
 「あ、ごめん石田。国語の宿題、教室に忘れてきたっ。取ってくるから、先
に歩いてて。」
 「わかった。早く来いよ。」
 「ありがとう。」
 頭をポリポリと掻きながら急かす石田に自然と礼をこぼし、橋本は小走りで
校舎へと歩き出した。
 「橋本。」
 校舎へ入る昇降口を登ると、横にある自販機に寄りかかっていた松井に声を
かけられた。
 「えっと、何かな?」
 「いや、校舎に何か用かなって・・・。私は、彩花を待ってるだけ、何だけ
ど。」
 松井にしては珍しく、はっきりしない口調だった。
 「ちょっと教室に忘れ物してさ。取りに行くんだ。」
 「そ、そう。」
 松井はそれだけ言って、あとは押し黙っていた。
 「じゃ、じゃあね。また明日。」
 松井に別れを告げ、橋本は校舎へと入った。靴を室内履きに履き替え、目の
前の急階段を駆け上がる。部活の後で疲弊した両足が悲鳴を上げた。その悲鳴
を無視して二階まで駆け上がると、一直線の廊下をこちらへ向けて走ってくる
背の小さい女子生徒が目に入った・・・と思った瞬間、
 ドン!
と音を立て、正面からぶつかってしまった。
 「す、すいませんっ!すいませんっ!」
 「えっと、大丈夫・・・?」
 跳ね返って尻餅をついた女子生徒は、落としたバッグを拾うと、ポニーテー
ルの髪の毛を揺らしながら猛ダッシュで階段を下っていってしまった。
 橋本は悪い予感を抱いていた。案の定、彼女以外に二階には人気がなく、そ
して三年一組の教室の鍵は、誰もいないのに開いていた。
 橋本は素早く中に入ると、自分のロッカーを開けた。

 「やっぱりか・・・。」
 
 空であるはずのロッカーに、手紙が一つ入っていた。

 月が変わった初日、橋本はいつもより早く登校し、四階の階段前に立ってい
た。スマホの画面を触りながら、目の前の階段を上ってくる生徒の顔を確認す
る。朝早くに上級生が突っ立っている光景が珍しいのか、下級生はチラチラと
こちらを気にしながら通り過ぎていく。我ながら、おかしなことをしていると
は思う。けれど、橋本はどうしても、手紙を書いた生徒のことが、気になって
仕方がなかった。
 「えー!桜、マジで手紙入れたのー!?」
 「う、うん・・・。」
 八時を少し回った頃、驚きを隠さない大きな声と、控えめに受け答えをする
女子二人の声が聞こえてきた。
 直ぐに、声の主達が姿を見せた。一人は、昨日廊下でぶつかったあの生徒
だ。中学生と変わらないくらい小さな身体に、すこし大きめなブレザーを着て
いる。長めの髪の毛は、今日もポニーテールに纏めてあった。
 「絶対そのロッカー使ってる人に勘違いされるよ!?」
 大きな声で話すもう一人の女子は、見覚えがあった。陸上部の後輩、橘だ。
とはいえ、いつも男女別々で行動している陸上部では、挨拶を交わす程度なの
だが。
 「で、でも、泉先輩は本当に足速くなったって言ってたし・・・。」
 「偶然だよ!偶然!」
 二人は話を続けながら、橋本の前を通りかかった。
 「あ・・・。お、おはようございます。」
 大声で話していたのが気まずかったのか、声をか細くして後輩の橘は挨拶を
してきた。
 「お、おはよう。」
 気まずいのは、橋本も同じだった。きごちなく挨拶を返しながら、ちらりと
隣にいる女子生徒を見る。桜と呼ばれていた女子生徒は、昨日のことを覚えて
いるのかいないのか、ぎこちない愛想笑いをしていた。
 「じゃあ、また部活で。」
 橘は橋本にそう告げ、再び歩き出した。桜も、橘の後ろについて、歩いて行
った。

 三年二組の石田先輩が好きです。告白が、成功しますように。
                                                   一年二組 並木 桜
                                                                     
                                   
 ロッカーに入れられた手紙には、小さな文字でそう書かれていた。さっきの
女子生徒が掻いたとみて、間違いないだろう。入学して間もない一年生まで知
っているとなると、橋本が知らなかっただけで「ロッカーの神様」は意外にも
有名な噂なのかもしれない。
 しかし・・・、告白の手伝いなんて、どうやってすればいいのだろうか。橋
本自身、告白の経験はない。陸上の練習と違って、勝手がわからない。それ
に、三年二組の石田と言えば・・・
 「あっれー?そこにいるのは橋本君じゃないかいっ!?」
 「あ・・・。」
 ニヤニヤと笑顔を浮かべながら、泉が近づいてきた。
 「珍しいねー。初々しい一年生の空間にいるなんてっ。」
 「ちょっ、ちょっと用があってさ・・・。泉こそ、なんで四階にいるの?」
 「私?ちょっと後輩に連絡することがあってね~。」
 
 キーンコーン。
 
 「あ、もうこんな時間か!教室行こう、橋本君。」
 「う、うん。そんな押さなくても行くよ・・・。」
 グイグイと泉に背中を押されながら、橋本は階段を下った。

 「なに?二人仲良く登校?あんたらそんな仲だっけ?」
 一組の教室に入るなり、冷たい目で睨みながら松井が釘を刺してきた。
 「違うよ、たまたま廊下で会っただけで・・・。」
 「羨ましいかい千秋ちゃん!?」
 「そんなわけ無いでしょ、彩花。」
 泉の陸上練習を一緒に手伝ってから、橋本は松井と泉の二人とよく話をする
ようになった。松井が発していた近寄りがたい雰囲気も、最近は少しだけ和ら
いだ気がする。もっとも、松井の毒舌ぶりは相変わらずだし、泉のハイテンシ
ョンも落ち着く気配がないので、言葉のキャッチボールが出来ているかと言え
ば疑問符がつくのだが。
 しかし、二人で教室に入ってきただけでも、端から見れば恋人のように見え
るのだろうか。俗にいう美少女である泉と恋人に見られるのは悪い気はしな
い。誰かと付き合いたいなどとあまり考えたことがなかったが、泉のような女
子が恋人なら、毎日楽しく過ごせる気がする。
 「なに気持ち悪い顔してんのよ。」
 ぼーっとしていた意識が、松井の声で覚めた。さっきよりも冷たい目で、じ
っと睨まれている。
 「へ?えっと、俺そんな変な顔してたかな。」
 「アホみたいな顔して、ぼーっとしてんじゃないわよ。」
 松井の声は、何故かいつもより荒っぽかった。

 キーンコーン。
 
 「はい、じゃあ終わりにしよう。」
 聞き慣れた鐘の音が教室に響き、四時間目の授業が終わった。静かだった教
室が一気に騒がしくなる。待ちわびたように弁当箱を開ける者。机を動かして
仲間との食事の準備をする者。食堂へと走り出す者。そんな喧噪を縫うように
抜け出し、橋本は三年二組の教室へと向かった。
 やはり騒がしい二組の教室に、まだ石田はいた。
 「石田。」
 声をかけると、石田は鞄の中を漁る手は止めず、橋本を見た。
 「どうした橋本。」
 「一緒にお昼食べない?」
 「・・・まあ、いいけど。」
 「いつも石田って中庭で食べてるよね?そこ行こうよ。」
 「ああ。」
 二人は弁当を片手に、中庭へと出た。橋本は幾つかあるベンチの一つに座
り、弁当を広げた。石田も橋本の隣に座り、黙って弁当を開ける。
 何か聞くことがあるだろ・・・、と橋本は心の中で文句を言った。石田はい
つも、これでもかと言うほど無干渉だ。俺が石田の立場なら、「何か用?」く
らいのことは、気になって質問している。けれど石田は、黙って弁当をつつい
ている。こいつには関心というものはないのだろうか。
 橋本が石田をお昼に誘ったのには勿論理由がある。石田の恋愛事情を聞き出
すためだ。何を隠そう、昨日投函された手紙に書いてある「三年二組の石田先
輩」こそ、今、橋本の隣にいる陸上部部長、石田その人なのだ。二組に他に石
田という名字の生徒はいないので、間違いない。こんな無愛想な人のどこに惹
かれたのか、橋本にはわからない。しかし告白の相手が石田なら、身近な人物
として橋本も告白の手助けが出来るかもしれない。
 そう、今回も橋本は、「ノート」に従って、手紙に書かれた願いを叶えてあ
げることにしたのだ。それは手紙の中身が、告白の結果には言及されていない
こと、そして告白の相手が友人の石田であることも後押ししている。この条件
ならば、橋本でも願いを叶えてあげることが出来るだろう。けれど、何より橋
本の背中を押したのは、泉の願いが叶ったときに感じた達成感だ。最初はどう
なることかと思ったが、終わってみれば泉は授業でいいタイムを残し、松井と
も打ち解け、思いの外素晴らしい結果になった。あの達成感を、また味わいた
い。それが、「ロッカーの神様」を続けることにした理由だった。
 「なあ石田。」
 「ん?」
 「石田って、彼女とかいないの?」
 「いないな。」
 卵焼きを食べながら石田は答えた。
 「じゃあ・・・、好きな人はいる?」
 「いない。」
 「そう・・・。」
 橋本は一度話を切り、唐揚げを口に放り込んだ。石田は黙々と弁当をつつい
ている。恋愛にも、興味がないということなのか。
 「石田はさ、恋愛に興味ないの?」
 「ああ、興味ないな。」
 「なんで?」
 「何でって、めんどくさいだろ。」
 きっぱりと、石田は答えた。

 ・・・めんどくさい、か・・・。

 どうやら告白が成功することは無さそうだと、橋本は思った。