短編№2 ロッカー番号二十番の神様②
「もう、なんで千秋ちゃんはすぐ喧嘩するかなぁー。程々にしとかないと体育の成績落ちるよー?」
「授業は毎回出てるから大丈夫でしょ。てか、水飲みに行くくらいでキレてんじゃねえよ禿げ山田の野郎。」
待ちに待った昼休み、千秋は購買で買ってきたメロンパンを食べていた。甘ったるくてパサパサしているこの安っぽいメロンパンが、千秋は意外と好みだった。
「ていうかさ・・・、体育の成績危ないのは彩花のほうじゃん。あんた足遅すぎ。」
クラスでダントツのビリでゴールした彩花が、私と大山田の喧嘩を上手く流してくれたのだった。
「うわー千秋ちゃん辛辣っ!心にぐさっと刺さるよその言葉!ううっ!」
目の前で弁当箱の包みを広げていた手を止め、彩花は大げさに自分の胸を押さえた。
細い身体には似合わない、制服の上からでもよく分かる大きな胸が目に付いて、思わず千秋は自分の胸に目を落とした。
・・・なんでこう、人によってこいつは大きさが違うのだろう。でもきっと、私の小さな胸も私に協力してこのサイズに落ち着いてるんだよね・・・。ほら、空気抵抗が少なく済むように・・・。
「私だってね!全力なんだよ!常に自己ベストなんだよー!」
今度は身を乗り出して訴えるように彩花は言った。大きなリアクションのせいで、綺麗な髪の毛がふわりと揺れた。その可愛い女の子を強調する動きに、千秋は思わず自分の髪に手を伸ばす。
ここ何年も髪をショートにしている千秋の髪は、風が吹いても可愛く揺れることはない。・・・大会が終わったら伸ばそうかな・・・。
「ねえー聞いてる?千秋ちゃんっ!」
「ん、うん、ごめんごめん。」
「どうしたら千秋ちゃんみたく速く走れるのかなー?」
「うーん、それは無理でしょ。」
彩花の問いに、千秋はメロンパンを囓りながら上の空のまま即答した。
彩花が何故あんなに足が遅いのか、千秋にも分からない。太っていて身体が重いわけでも無い(むしろクラスの中では痩せているほうだ)し、他に考えられる原因としては、
「本気で走って無いんじゃない?」
としか思い付かない。
不意に、周りの空気が冷ややかなものになった。彩花を見ると、弁当を突いていた箸の動きを止め、俯いている。
また、やってしまった。言い過ぎたか。千秋はうっすらと自分の身体が冷や汗をかいているのを感じていた。注意していても出てしまう私の癖。千秋は本音を隠すのが下手だった。建前やお世辞を作れずに、いつも本音だけで話してしまう。そのせいで、これまで何度も喧嘩をしてきた。
「そーなのかねー・・・。まだまだ私は力を振り絞らなきゃいけんのかー・・・。頑張れ私ぃー。」
緊張し身を固くしていた千秋だったが、彩花が変な言葉遣いで喋りながらぐったりと机にもたれかかったのを見て安堵した。彩花の明るくて優しい性格には、千秋も助けられているのだ。
「でもそれってさ、私にはまだ秘められた力があるって事だよね!」
急に身体をあげ、彩花がテンションを上げて言った。彩花のポジティブに物事を考えられる所が、千秋は素直に羨ましいと思った。
「ま、頑張りなさいよ・・・。」
「そうだ!ロッカーの神様にお願いしてみようかな!」
すっかりテンションが戻った彩花が、聞いたこともない神様の名前を挙げた。
「何その神様・・・。御利益無さそう。」
「あー、さてはロッカーの神様のこと知らないでしょ!折角三年一組になったのに!」
「このクラスと関係あるの?」
千秋が質問すると、彩花は得意げに話し始めた。
「私のお姉ちゃんに聞いた話なんだけどね、三年一組の二十番目のロッカーには神様がいて、月初めの日に願い事を書いた手紙をロッカーに入れると、月末までに神様がその願い事を叶えてくれるんだって!」
初めて聞いた噂話だったが、この学校の卒業生である彩花のお姉さんが言っていることなら、あながち作り話でも無さそうだった。
「でも幾つか決まり事があるの。まず、叶えてくれる願い事は一ヶ月に一つだけ。あと、神様に期待をしないこと。必ずしも願いが叶うわけじゃないみたい。」
「それってただの願掛けじゃない?有名な神社にでも行ってきたほうが良いじゃん。」
「でも結構願いが叶うらしいよ-。お姉ちゃんが言うんだから間違いない!」
彩花はお姉さんをかなり信頼しているようだった。
「・・・でもさ、ロッカーに手紙を入れるんだよね?二十番目のロッカーって、誰か使ってるでしょ。」
出席番号順にロッカーは割り振られている筈だから、三十人いる一組では二十番目のロッカーは空いていない筈だ。
「そう!そこなんだよね問題は!神様が見る前に番号二十番の人に見られたら恥ずかしいよね!」
「それもそうだけど、ロッカーの持ち主からすれば迷惑でしょ。毎月知らない奴から手紙が入ってたら。」
そう言いながら千秋は一組の番号二十番の人物を思い浮かべてみたが、少し考えても出てこないので諦めた。クラス全員の番号を覚えている程、千秋はこのクラスに愛着はない。
「そうかなー?私だったらラブレターが入ってると思ってドキドキするけどねー!夢じゃない?ロッカー開けたらラブレターが入ってるって!」
「実際は足が速くなりますようにっていう願掛けでしょ?中身開けて困惑するだけじゃん。」
「まあ、ものは試しに明日手紙入れてみよーっと!ホントに足が速くなったらラッキーだしね!」
不意に予鈴が鳴って、千秋は余っていたメロンパンを慌てて口に放り込んだ。
そう言えば、今日は月末なのだ。