短編№2 ロッカー番号二十番の神様③
「橋本ぉ。帰るぞー。」
陸上部の部室から校舎へと戻ろうと歩き出した時、石田から声をかけられた。
「悪い石田。教室に忘れ物したからさ、昇降口で待っててくれる?」
「あー?何忘れたんだよ?」
「んっと、ノートだよ、数学のノート。宿題出てるからさ。」
「・・・じゃあ待ってるから、さっさと戻ってこいよ。」
ワックスで遊びを効かせた短髪を触りながら、石田はぶっきらぼうに言った。口は少々悪いが、石田は良い奴だ。
・・・因みに、本当は数学の宿題なんか出ていない。クラスが違うとはいえ詮索されるとボロが出る嘘を、突っ込んで質問してこない性格も、石田と行動を共にしていて気が楽なところだ。
「じゃあ、行ってくる。」
そう言ってまた歩き出した時、
「・・・おい。」
後ろからまたしても声をかけられた。それも、石田より更にぶっきらぼうに。
「・・・はい、何でしょう松井さん。」
「数学に宿題なんか出てないぞ。」
しまった、と橋本は思った。松井とは同じクラスだから、さっきの嘘は聞かれた瞬間にばれてしまうのだ。けれど、ついさっき女子更衣室に入っていった筈の松井が既に着替え終わって出てくるとは。なんたる早着替え。
松井がその大きな目で見つめてくる・・・と言うより、睨んでくる。人の目を見て話すのが苦手な橋本にとって、こちらが話す前から眼力で威圧してくる松井は苦手な存在だ。正直なところ、怖い。その氷のように冷たくてキツい表情と男勝りで冷淡な性格を和らげれば、きっとモテるだろうに。
「そうだっけ?ま、まぁ、俺は数学苦手だし、テストに向けて予習しとかないと赤点貰っちゃうからね。ちょっと取りに行ってくるわ。」
明らかに挙動不審な事はこの際考えないことにして、橋本は足早に校舎に向かった。
所々塗装が剥がれた白い階段を上り、二階にある三年一組の教室へと向かう。鍵はまだ空いていたが、中には誰もいなかった。
橋本は教室の中に入ると、教室の後ろに縦三列、横一列で並んでいるロッカーに向かった。使い込まれた、飾り気のない灰色のロッカーの中から、二十番と番号が書かれたロッカーを選び、目の前に立った。
三年一組で出席番号二十番の橋本に、学校が貸しているロッカーである。
立て付けの悪い扉を開けると、空にしている筈のロッカーの中に、一枚の手紙が入っていた。可愛らしいピンクの花があしらわれた白い手紙だった。
送り主は女子だろうか。もしかしたら、ラブレターかもしれない。
だとしたら、考え得る事態の中で、最悪のケースだ。
橋本はため息を一つ零してから、素早く手紙をバッグに落とし入れ、教室を後にした。