トマト在住の青年による執筆活動

短編の小説を書いていきます。不定期・自己ベスト更新です。たまーに自分勝手な記事も書きます。

短編№2 ロッカー番号二十番の神様⑤

 固く結んだ筈の靴紐が解けてしまい、橋本は走るのを一旦止めた。車道から狭い歩道に入り、しゃがんで靴紐を結び直す。すぐ前を走っていた石田は、もうこの先に見える曲がり角を曲がり、見えなくなっている。橋本は立ち上がると太ともに檄を飛ばすようにパンっと一回叩き、再び走り出した。
 今まで何度となく走ってきた、陸上部お馴染みの校舎外周走だが、ここまで調子の出ない日は今まで無かった。いつもは石田の後ろから離れることは無いのだが、今日はペースが遅くなって石田から離れると、気合いを入れてもう一度追いつくといった事を何回も繰り返しているのだ。
 もう一度石田に追いつこうとピッチを上げながら、橋本は軽くため息をついた。ペースが乱れている原因は、何となく分かっている。
 
 あの手紙のせいだ。
 
 手紙の内容は、拍子抜けするほど幼稚な内容だった。
 可愛らしい小さな文字で書かれていたのは、足が速くなりますように、と言う一行だけの短い文章と、
 三年一組 泉 彩花
という名前だけだった。

 泉彩花という人物は、校内では結構な有名人だろう。その可憐な容姿は、廊下ですれ違う男子がつい二度見をしようと振り返ってしまう程だ。性格も明るく社交的で、交友関係も広いようだった。その証拠に、彼女の周りには常に誰かがいる。
 橋本は、彼女の願いを叶えるために、その広い交友関係を利用しようと考えていた。橋本が直接彼女と走る練習をするのがいいとは思うが、今まで話をしたこともない彼女に突然近づけば、間違いなく怪しまれる。何よりナンパをしているようで、恥ずかしい。その点友人を通して近づけば怪しくはない。自然に走りの練習に持って行ける・・・筈だ。
 今回の願いは、陸上部である橋本にはうってつけのものに見えた。陸上部でも特別足が速いわけでもなく、大会でもろくな成績を残したこともないが、それでも他の部の連中には負けない自負がある。また橋本もそうであったように、身体に何らかの病気を抱えていない限りは、練習・・・つまり毎日走り込みをすれば、ある程度足は速くなるのだ。
 
 「今日お前遅すぎ。ちゃんと走れよ。」
 ゴールの目印である時計台の前まで来ると、先にゴールしていた石田に注意をされた。 「ああ、ごめん。ちょっと調子出なくてね・・・」
 言い訳をしながら、橋本はグラウンドの方へ目を向けた。数人の女子陸上部員がストレッチをしている。その輪の中に、高橋のペースを乱す要因となった生徒がいた。
 「おーい、石田ぁ。」
 校舎の方から、陸上部の顧問である佐藤の声がした。
 「・・・めんどくせえな。橋本。先にグラウンド行ってて。」
 「わかった。」
 石田が校舎の方向に歩いて行くのを見て、橋本もグラウンドへ歩き出した。女子部員の面々はストレッチを終え、集団でグラウンドに敷かれた白線のトラックを走ろうと集まっていた。その中の一人に、橋本は声をかけようと決めていた。泉彩花と仲がよく、橋本と彼女との仲介役に適任な・・・けれど・・・、橋本が苦手な人物。
 「・・・松井さん。ちょっといいかな?」
 「・・・ああ?」
 敵意に満ちた松井の返事は、橋本を更に緊張させた。