トマト在住の青年による執筆活動

短編の小説を書いていきます。不定期・自己ベスト更新です。たまーに自分勝手な記事も書きます。

短編№1 拝啓、白猫より⑥

 

 気づけば、自殺をした山にいた。

 なんでここに来たかはわからない。けれど、神様が母さんの住む家で溶けて無くなる僕を、流石に不憫に思って連れてきたのかもしれない。
 

 雪はもう殆ど溶けて、今僕が座っている所しかなかった。

 足下の雪がしゅわしゅわ溶けて、小さくなっていくのを感じる。やがて、足下の雪が無くなって、僕の足が地面についた。

 すると、僕の足も、さっきの雪と同じように、しゅわしゅわと溶けていく。

 だんだん目線が低くなっていく。

 ああ、僕は溶けるんだ。溶けて、無くなるんだ。

 この世界に、沢山未練を残してきた。けれど、僕は罪を受け止め、出来ることをしたと思う。神様が僕の行動をみてどう思っているかは知らないけれど、僕は今、生まれて初めて、自分に満足しているんだ。
 やがて、僕の目線が、地面と殆ど同じになる。芽吹いたばかりの草に視界を邪魔され、上を向いた。太陽が眩しかった。神様も、きっと僕を上の方から見ているんだろう。
 ふと、意識の底から、クロの言葉が蘇ってきた。
 「その後のことは、神様が決める。神様は、お前の魂から記憶を抜き取り、綺麗な状態にして、また生物の身体に入れる。どの生物に入れるかは分からないが、人間は魂にとって天国のようなものだから、普通は別の生物に入れるがな。」
 クロが最後に言っていたことだ。人間の頃、僕が渇望した新しい世界には行けないらしい。けれど、今は悲しんだり、失望したりしない。どんな生物でも、生きる使命を全うしてみせる。
 

 だけど、もし、もし願いが届くのならば、母さんを見守れる生き物がいいなあ。ふと、消える直前、そう思った。

 

 

 

 「こんにちは~。あら、今日はお若い方なのね。」
有田の表札が立つ家のチャイムを鳴らすと、待ちわびたかのように車椅子に座った老婦人が扉を開けた。 
 「ホオズキの木、訪問介護ヘルパーの雪村と申します。今月から、週三回、有田さんの身の回りのお世話をさせて頂きます。」
 「雪村さんね。よろしくね。さ、中に入って。」
 有田さんは、僅かに笑みを浮かべて、僕を中に招いた。一人で住んでいる筈なのに、老婦人にしては珍しく、綺麗に整頓してある。足を悪くする前は、この家で家出をしてきた子供や、自殺をしようと彷徨う学生なんかを保護しては、相談に乗ったり、面倒を見る活動をしてきたらしい。家を綺麗に保っているのは、その頃からの癖だろうか。
 不意に足下を猫が通った。綺麗な毛並みの白猫だ。
 「こら、駄目よユキちゃん。ふふ、一人では寂しくてね。この子は息子が亡くなってから飼っているの。この子も随分とお婆ちゃん猫なのよ。貴方と同じくらいの歳かしら。」 白猫の名前のせいで、自分の名前を呼ばれているようで恥ずかしかった。
 「ねえ、貴方。」
 老婦人は僕を優しい声で、一冊の本を手渡してきた。真っ白い猫が、器用に鉛筆を持っている、奇妙な絵が表紙を彩っていた。
 「ここに来た子供達に、配っていた本なんだけどね。折角作ったのに余っちゃって、置き場所に困っているのよ。貴方、一冊貰ってくれないかしら?」
 「分かりました、頂きます。有田さんが書かれたんですか?」
 「いいえ・・・。それはね・・・。昔買ってた、猫の形見よ。」
 老婦人は、言葉を選ぶように、ゆっくりとそう言った。
 
 「では早速、頼まれていたトイレ掃除から、始めさせて頂きます。」
 「ねえ、貴方。」
 また、優しい声で呼び止められた。
 「はい?」
 「・・・息子に似てるわね。そっくり。」
 「そうなんですか。はは・・・。」
 訪問介護をする度、老婦人からはよくそんな事を言われる。一種のお世辞だ。

 けれど、今回だけは、何故か少し、嬉しかった。
 

 懐かしい、匂いがするのだ。
                                                                    

      完